2留大学生(元)の考えている事

1浪・1留はたくさんいても2留以上は滅多にいない。珍しいこの存在がどんな事を考えているのか。

自殺出来ない=本当は死にたくない説は本当なのか?

パソコンを大学に忘れてしまい約1週間も更新が空いてしまった。こういう間抜けな事の積み重ねで遅刻や欠席などの無機的な仕組みでも不利になるし、人同士の付き合いのような有機的な仕組みでも問題が起こってしまうのだ。

ネット上では自殺をしようと思ったけど足場を蹴れなかった、手すりを乗り越えられなかった、薬と酒をたくさん飲んだが怖くなり知り合いや親に電話してしまった、みたいな自殺未遂体験談が山ほどある。何かのまとめサイトでもSNSでもそうだがこれに必ず付くコメントの1つに本当は死にたくなかったんだよ!。自殺出来なかった=生きたいと言う事なんだよ!がある。

この手の話は疑ったり中身を吟味せず、これを言ってくれた事自体に対する感謝や言葉の響きみたいなのが重要なのだが自分はどうしても疑ってしまう。生きるとか死ぬとかが絡むと途端に話が出来なくなったり、いきなり説教してきたり思考そのものを放棄する人が多いが、特に自殺なんて生きていないと行えない事なのだから、ご飯を食べるとかジョギングをする等と大きなくくりで見たら同じ領域なので、自殺について考えて見る事も別におかしく無いと思う。

何でこんな捻くれた事を考えだしたのかは僕が留年した事がきっかけだ。当然留年は体調不良や勉強不足や人間関係等の複雑な事柄の組み合わせでなってしまった事だが、単に卒業だけするなら勉強さえ出来ていれば何も問題は無い。しかし、去年や一昨年の僕は勉強しようと頭で思っていても何故か寝たきりかゲームをやってしまい(30分位しか集中が持たなかったけど)1日が終わっていた。そんな時に、勉強しようと頭で思っていても何故かゲームしたり掃除をやって1日が終わると自殺しようと思ったけど出来なかったは同じじゃないか?が突然頭に湧いてきて今では正にその通りだろうと考えている。「勉強しようと思ったけど出来なかった」は別に留年生でなくても9割以上の人は経験があると思う。その時の心情を思い出してほしい(今まさにその状況の人もいるかもしれない)。

「勉強しなきゃ…あーなんで俺ゲームやってるんだ」「落第になったらまずい。就活までに単位は一通り取っておきたいのに…」「赤点だったらお小遣い減らされる…」→その後勉強が不足していたのでテストはボロボロで意地悪な先生がみんなの前で「お前だけ赤点だぞ!」と大声で言いふらす。さて、この直後に誰かから勉強したくなかっただけなんだろ!と説教されたら間違いなく勉強する気持ちはあった!と反論したくなるだろう。

・何故か動けない自身への怒りや、これを行うか否かで発生する事はしっかり分かっているのにそれでも"何故か"勉強出来なかった

・自殺しようと思ったが"何故か"体が動かなかった

やっぱり同じだ。この"何故か"の"何故"に代入されているものがストッパーになっていて実行出来ないわけだ。この得体のしれないモノ=本当は死にたくない気持ちに結び付けるのは間違いなく実行しようとは考えていたのだから無理がある。

長くなったのでこの先の理由をざっくり書くと、頭で考えてる部分と体は別物だから実行出来なかったのだろう。雑に言えば飛んできた蠅は大して危険では無いと思っても咄嗟に回避するのと自殺できない事は同じで、本能が勝手に体を動かすから頭では全く反対の事を考えていても制御しきれないのだ。だから最初の言葉を書き換えるなら、

本当は(あなたの肉体は)死にたくなかったんだよ!。自殺出来なかった=(あなたの肉体は生存を最優先するようになってるから頭で考えてる事は無視して勝手に体を制御してまで)生きたいと言う事なんだよ!

が正しいだろう。肉体は魂の牢獄とか、理性で情動を抑えるとかとか古代ギリシャの話にもつながりそうですね。これと関連して頭で考えた事は実行できるはずみたいな理性の絶対視を理性では無く感情的に絶対視してる事についても書けそうだ。引きこもり問題なんて精神面で弱っているから頭ではまずいと思ってるのに動けない人が大多数だろうに。まだいくらでも書けそうだけどさすがに支離滅裂すぎる。思いついたことをそのまま書くスタイルだけどさすがに酷過ぎるからこれ位にしときます。